HIRO HIGASHI HONGWANJI MISSION

ヒロ東本願寺

唯心庵社長の訪問記録(各写真をクリックしますと拡大されます。)

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堅牢なキラウエアの溶岩が張りつめられた柱4本が出迎えてくれます。

ハワイ州ハワイ島ヒロという街に今から87年前の1928年に創建された東本願寺の寺院です。今までに14名の開教使の先生方により親鸞聖人のみ教えを継承されてきました歴史ある寺院です。現在の開教使は、ブラジルご出身のマルコス澤田先生です。この寺院様より、お仏具ご修復のご相談を頂いたのが2012年の秋でした。

200px-Hawaii_County_Hawaii_Incorporated_and_Unincorporated_areas_Hilo_Highlighted.svg.png「社長!ハワイのお寺様から電話がありました。」
2012年秋、新千歳空港で関西空港行きの飛行機に乗ろうとしていた時、携帯電話がなりました。「社長‼️ハワイのお寺様から電話がありました。」「ハワイ⁉️」「ヒロ東本願寺様です。」「えーっ⁉️」飛行機は間もなく出発。海外寺院様とのお取り引きは過去一度もなく、機内での私の頭の中は、❓マークだらけ。実は、ヒロ東本願寺開教使のマルコス澤田先生がご本山へ来られており、別のハワイの開教使の先生からのご推薦を受けて、お仏具修復のご相談のために弊社にお電話を下さったのです。ここからがハワイ出張の珍道中の始まりでした。


250px-Computer-aj_aj_ashton_01.svg.pngインターネットの便利さ!!
数ヶ月後、ご修復希望のお仏具の写真と寸法書きがメールで送られてきました。見積もりをさせて頂くのに十分過ぎるくらいの内容でした。急ぎ見積もりを進め、いくどかメールでやりとりをさせて頂きましたが、やはり肝心な説明はお顔を拝見しながらとなります。そこで、活躍したのがスカイプでありました。無料ビデオ通話。私は、このスカイプを通じて初めてマルコス開教使とお会いした次第でした。リアルタイムで追加資料を送ったりと充実したプレゼンができました。あらためてインターネットの凄さを感じた次第でした。


hiro-hondou3.jpg珍道中の始まり!!
「理事長が世界同胞大会で本山に行きます。その時に理事長にプレゼンを行ってください。」とマルコス開教使からメールがきました。プレゼン終了後に契約を頂きヤレヤレの思いも束の間、納期の問題が発生。先方の希望納期は5ヶ月後、これは物理的無理!と言いますのもお仏具の搬送往復で船便で4ヶ月間、製作日数が取れない!!航空便では搬送費が高騰してしまう、困ったっと頭を抱えていると理事長の一言「経費は全額我々が負担をするから、職人をヒロまで連れて来てください。」この一言が珍道中の始まりでした。


dougu.jpg珍道中その1 施工道具をハワイに発送
ということで、職人をヒロまで連れて行くことになり施工に使う道具を送りました。本漆チューブ40本(500グラム入り)、砥の粉、にかわ、和紙、寒冷紗、刷毛、ヘラ、砥石などなど国際郵便小包(EMS)で送りました。そして、1週間経った時マルコス開教使より電話がありました。「山田さん、荷物がホノルルの税関で止まってます。」理由は、全ての道具や材料の原産国と使用理由を聞かせろとのことでした。早々、日本語で書いた書類をマルコス開教使に英文翻訳して頂き税関と掛け合って頂き、通関ができました。一番驚いた質問が「ハワイのコピー紙と送られてきた和紙と何が違うのか」でした。絶句・・・いろいろあります。


keiji.jpg珍道中その2 出発
まず、Nao漆工房の渡辺君との出発です。実は、法的な事で送れなかった材料がありました。その材料はヒロで入手できるのは確認していたのですが、できれば常使用している材料がいいという強い渡辺君のリクエストがあり機内持込で交渉することとなったのです。それが、大変なことに・・・JALのチェックインカウンターに出発2時間前、申告をすると「全て機内持込は無理と思われますが、今から調べます。」とのこと。なんと結果がでるのに1時間45分を要し2種類の材料はNG。出発15分前に解決です。しかし、我々は通関もしておらず、JALの地上職員の方の誘導で優先的に通関、その後はダッシュ‼️何とか定刻に間に合った状態でした。

honlulu.jpg珍道中その3 ホノルル到着
ようやくホノルルに到着し通関となりました。ここでまた、大問題が。渡辺君が税関職員ともめているのです。理由は、ビザが不足しているので入国させないとのこと。実は、渡辺君のヒロ滞在は40日間です。そのため必要書類は東京アメリカ総領事館の指示通り準備をしていたにも関わらずです。渡辺君の給料は誰が支払うのか、滞在中の身元引き受け人は誰かなどなど40分もやり取りは続きました。最終的には日本語の堪能な日系の職員が対応してくれました。「貴方がたは、どこへ行くのですか?」「ヒロのヒロ東本願寺様へ仏具の修理に来ました。」(心の中では、何度も言ってるのにと思っていました。)「東本願寺?」「そうです。」「じゃ、行きなさい」。あっけなく終わり通関終了。えっ、今までもめていたのは何だったんだろう。

hirokuukou.jpg珍道中その4 ハワイ島ヒロに到着
ヒロ国際空港に到着。実は、心配ごとが一つ。それは、漆を乾燥させるための湿度がヒロにはあるのか?という心配です。漆は、空気中の湿度を得ながら硬化していく樹液です。ハワイは乾燥しているとイメージを我々は持っていましたので、とにかく心配でした。飛行機を降りた瞬間、私たち二人はニコッとしました。肌で感じられるくらいの湿度があったのです。聞くところによりますとヒロは年間300日は雨が降るらしいです。ヒロ空港にはマルコス開教使はじめ理事会の皆様が迎えに来てくれていました。さぁ、今から渡辺君の40日間のお仏具修復&自炊生活の始まりです。

tukue.jpg珍道中その5 お仏具の解体及び洗い
中尊前前卓の解体で大問題発覚。甲板という一番上の部品を外そうと裏面から叩くと「ボソっ」と穴が開いたのです。漆面を残して内部をシロアリが食い尽くしていたのです。これは、ヒロでの修復不可能。京都に送るしかありません。たまたま、我々の仕事を見学に来られていた方が困っている様子を察してマルコス開教使にボソボソと耳打ちを、なんと、そのシロアリでやられたところの修理を請け負って下さったのです。その方の仕事は、大工さん。早々にヒロのホームセンターに材料を買いに行きました。見事な修理に感動。そして、『お寺のことなので修理費用はいりません。』と・・・涙ものでした。写真が修理を終えた前卓部品です。

suriurushi.jpg珍道中その6 シロアリ対策・・・摺り漆
上記のようにハワイは、シロアリの被害が多いようです。この度もマルコス開教使よりシロアリ対策を相談されていました。我々できるシロアリ対策は、漆を塗っていない白木地部分に漆を刷り込みことです。解体、お洗い終了後に生漆を若干溶剤で希釈し、刷毛でいくどかの刷り込みを行いました。1昼夜乾燥をさせ、いよいよ本格的な修復作業に掛かるわけであります。まず、傷みが激しいところの漆を剥ぎ取り、コクソを施し、順次作業に掛かかっていくのです。ここからは、渡辺君しかできない仕事で、私は横で応援しているだけでした。渡辺君、『頑張れ&ごめんなさい』でした。

marukosu&watanabe.jpg珍道中その7 漆塗り作業
漆塗りの作業準備もでき、渡辺君が宿泊するコンドミニアムも食料&ビールも満タン。私の任務は終了です。私は、一旦京都へ帰ります。4泊6日の慌ただしい準備期間でした。渡辺君は、ここから35日間の予定で仕事を行います。ホテルまでは、マルコス開教使のマウンテンバイク(自転車)を借りての通勤となります。ヒロの街を探索しながらの通勤です。帰国後に、渡辺君に仕事の進捗状況を聞くために電話をすると『社長⤵️私は、本当にハワイにいるのでしょうか?』との声。実は、渡辺君がハワイを感じていたのは、通勤タイムだけで後は、お寺の作業場にこもりっきり。しかし、間違いなく貴方がいるところはビックアイランド、ハワイです。

ひとやすみ ハワイ島ヒロに生息する全長5㎝程度の小さな蛙コキ・フロッグ(Coqui Frog)の鳴き声です。

kinpaku.jpg珍道中その8 金箔張り
さぁ、金箔職人の岡田君と出発です。またまた、ホノルルの通関で問題です。今度は、岡田君が税関職員ともめているのです。渡辺君の時にも、もめましたので今回は仕事ではなく観光で来たということで通関しようと打ち合わせをしていたのです。(金箔張りの期間は2週間なので。)ところが、税関職人から『男一人旅の2週間は怪しい。観光ではないだろう』とのクレーム。岡田君は『いいえ、観光です。』『では、何をするのですか?』『潜ります。』こう言ったやり取りが15分程度続きました。最後には、OKが出て通関できました。潜り続けると言い通した岡田君でした。しかし、我々の人相ってそんなに悪人に見えるのでしょうかね?

iroukai.jpg珍道中その9 慰労会 渡辺君のあだ名が『ばかたれ』?になっていました。
お世話になっている理事会の皆様とマルコス開教使をお誘いして、渡辺君の慰労と岡田君の紹介を兼ねた食事会を弊社主催で行いました。私達は、片言の英語、理事会の皆様も片言の日本語でしたが、楽しい時間を過ごさせて頂きました。その時に理事長が私に『貴方は、厳しすぎる経営者だ。渡辺君の労働時間を短くしてあげなさい。』と、私は『えっ』と絶句。聞きますと渡辺君は毎日夜10時まで仕事をしていたようです。理由は『ホテルに帰っても暇なので』ということ。理事長の誤解は解けました。その時に付けられた渡辺君のあだ名が『ばかたれ』です。仕事のやり過ぎ、ハワイ時間でゆっくりとしなさい、というユーモアある理事長のあだ名でした。一同、大爆笑‼️

kansei.jpg珍道中その10 3回目のハワイ・・・そして、完成へ
金箔張りの段取りもできましたので、私は、再度日本へ帰国。と言いますのも現地(ハワイ)では、できない仕事を京都で製作しておりました。錺金具の金メッキ、須弥壇の細かな部品の塗箔彩色、中尊前前卓の錺金具新調などです。私は、それらを手荷物として3回目のヒロへ向かいました。通関もスムーズに行き、無事ヒロ東本願寺様へ到着。渡辺君、岡田君の仕事も終わっており、3人で組み立て作業。そして、完成したのが写真のお内陣です。理事会、メンバーの皆様にも大変お喜び頂き商売冥利につきることでした。皆様が一番感心を引かれたのが、やはり、金箔張りでした。そこで、急遽、金箔張り体験のイベントを開くこととなりました。

taiken.jpg珍道中その11 金箔張り体験イベントの開催
サンデーサービス(日曜参拝)の後に希望者の方々に金箔張り体験を開催いたしました。私の日本語の説明をマルコス開教使とメンバーのリンさんに通訳をお願いしての開催でした。まず、ご用意いただいた小皿に代用漆を塗って頂き、金箔を4もしくは6等分にカッターナイフでカットして頂きます。そして、竹箸で小皿へ金箔を移して頂き、綿花で抑え、刷毛で余分な金箔を払い完成です。皆様、金箔を移す時には、息を止めての真剣な作業でした。(笑)完成された小皿は、皆様お持ちかえりになられました。楽しいひと時でありました。

kengaku.jpg珍道中その12 見学会とお別れ会
お仏具の引き渡し日にメンバーの皆様の見学会が開催されました。お内陣に特別に上がることを許可され、間近にお仏具を見られ皆様一様のお喜びを頂きました。その後、メンバーの皆様の手料理で、慰労&お別れ会をお寺の食堂で開催して頂きました。チョコレートやナッツや手作りクッキーなど心温まるお土産を頂きました。その時に理事長が私に『海外寺院の置かれている立場は厳しものがある。しかし、今、私たちができることを行い、次世代に繋いでいかないといけないんです。』とおっしゃいました。この40日間で、日本から遠く離れたハワイでのご法義継承とほんまもののアロハ・スピリッツと巡り会えた仕事となりました。

kazan.jpg珍道中その13 理事長からのご褒美 キラウエア火山
お別れ会の日に理事長から、『ご褒美に明日、ハワイ火山国立公園へ連れていってあげよう!』と嬉しいお誘いを頂きました。今も噴火を続けているキラウエア火山、ハワイ諸島誕生の地です。明朝、理事長がわざわざホテルまで迎えに来てくれキラウエアへ向かいました。噴煙や辺り一面の溶岩痕を見たときには、人生観が大きく変わるような感動を覚えました。今も噴火を続け、成長しているビックアイランド、自然の大きさにただただ見入るだけでありました。しかし、感動ばかりではなく地元の方々は噴煙や今も流れ出る溶岩の対策に追われられていることも忘れてはいけないのです。

houti.jpg珍道中その14 ホノルルへ ハワイ報知新聞社から取材
ヒロを去る日。渡辺君と岡田君は、ヒロ国際空港でチェックインし、そのまま、ホノルル経由で日本へ帰りました。私は、この度の仕事のご縁をとりもってくださったパロロ本願寺様の藤森開教使にご挨拶とハワイ開教区本部であるハワイ別院様への表敬を兼ねてホノルルへ移動しました。実は、日本より駄目元でハワイの報知新聞社に取材に来て頂けないかとオフィァーを投げかていたのです。そうするとわざわざ日本から職人が来ているなら聞き取り取材になるがOKとの返事を頂いていたのです。取材は、宿泊ホテルのロビーで受け、約1ヶ月後のハワイ報知新聞に掲載されました。ハワイ報知は、表面が英文で裏面が日本語なのです。

kikou.jpg珍道中その15 帰国
全ての予定を終え、帰国の途へ着きました。長くもあり短かった40日間でした。私は、この間3回ハワイを往復するスケジュールでした。帰るとなるとマルコス開教使やヒロの理事会の皆様のお顔が浮かび、少し寂しい気分になりました。本当に多くのことを経験させて頂き、勉強をさせていただいた仕事でした。ヒロ東本願寺様のますますのご発展と理事会の皆様、メンバーの皆様のご健康とご活躍を遠い京都より念じております。感謝の一言に尽きます。ヒロ東本願寺様、ありがとうございました。また、お会いできる日を楽しみに商売に精進いたします。マハロ!